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入魂士と人形愛
序章
「愛している、ミレイ。」
初めて会ったときに感じ想い。その時よりずっと強くなった想い。人生で初めて感じた想いを、将は叫んだ。
「愛している愛している愛している愛している愛している!」
「嬉しい。将様。」
昂った将を包み込むように、ミレイがぎこちなく手を差し延べていた。その目は魂の光を宿し、将に向けられ、かすかに濡れていた。
「ミレイ?」
「将様。会いたかった!」
ミレイは、不器用に体を動かして、将に抱き着いた。
「将様、将様、将様ぁ・・・。ずっと、ずっとこうしたかった。将様・・・。」
第一章 稲森将と水谷徹
一
「ゴ主人様、コウデスカ?」
無線のヘッドホンを通じて、録音された音声が再生される。完璧に蠱惑的に作られたそれは、稲森将の聴覚から性感を刺激し、ある程度興奮させたが、体位に不満があった。
「違う、もっと上体を起こすんだ」
彼はそういいながら、左手のコントローラーで指示を出す。無線で指示を伝達するそれは、将のパソコンに「上体をプラス十度」と伝え、さらにパソコンを介して、彼の上に馬乗りになっているラブドールに同様の指示を与えた。
「分カリマシタ。コウデスカ?」
またしても、完璧な音声が将を惑わせようとした。
「そうだ、気持ちいいよ。」
ようやく満足いく性感を得た彼は、しばらく人口の膣を味わい、声を漏らした。彼専用に誂えたそれは、初めこそやや狭かったものの、今や、完全な性感を与えることが出来るようになっていた。留まることなくローションが溢れ、彼に性的満足感を与えた。彼は、コントローラーでそれを伝えた。パソコンから新たな指示がドールに与えられた。人形の中が急激に収縮し、腰を上下させる。
「気持ち・・・いいよ・・・。」
「私モデス、ゴ主人様。アア、良イデス。腰ガ、勝手ニ・・・。」
「ああ、イきそうだ・・・。」
「アアッ・・・。」
ニ
稲森将は車椅子から魅麗(ミレイ)を立ち上がらせた。といっても、自らの手足を使うわけではない。コントローラーから指示し、立ち上がらせ、後ろの専用ケースに自然に落ちるように座らせるのだ。掃除は介護士に任せることにしている。彼は四肢のうち、左腕しか動かすことしか出来なかった。三十キロほどあるシリコーン製ラブドールを自分の力だけでは、立たせるどころか、まともに運ぶことすらできないのだ。自らの白濁液を拭い去ることすらままならない。
一方のミレイは、役目を終え、脱力したように座り込んでいる。首が不自然に傾いてしまっている。早めに介護士を呼ぼう。放っておいたら、首から裂けてしまうかもしれない。これは高かったから、壊したら、さすがに母から怒られてしまうだろう。しかし、今の将はそんなことより、虚無感に囚われてしまっていた。
『ミレイ、君はなぜ僕のところに売られてきたの?』
三
ミレイは、新興ラブドールメーカー・ネクストーンの二〇四九年発売の最上級モデルで、今もっとも人気のあるラブドールと言える。原材料メーカーと共同開発したという、オリジナルのシリコーンラバーの皮膚が与える最上級の質感、専門スタッフが仕上げているという、美しく、カスタマイズ性が高いメイクなども人気の一翼を担っているが、彼女の一番の特徴は、骨格にサーボモータを内蔵させ、ユーザーにコントローラーを持たせ、それらをパソコンを介することで、簡単な動作が出来ることと、有名声優がアフレコした音声出力に対応していることだ。音声はヘッドホンから出力することで前方定位し、さらなる臨場感を与えることが出来た。これらはラブドール産業の中で、画期的な発明として受け止められた。それまでのラブドールといえば、表情は固定され、動作もしない。行為を始める時に取り出してきて、終わったら片付ける必要がある。しかし、彼女はボタン一つでケースから出て来て、男好きのする声で話しかけ、少しだけであるが、表情を変え、手足や腰を動かすことが出来る。ただそれだけであるが、ただそれだけで、行為の際の臨場感がまったく違う。ネクストーンはラブドールのトップメーカーになり、年二回の予約日は開始五分で埋まってしまう程だ。
四
稲森将は、一ヶ月前に母からこのラブドール・ミレイをプレゼントされた。お金は父から出してもらったのだろうが、自分のためにこのドールを予約して入手してくれるなんて、思いもよらなかった。将は、恥ずかしさと嬉しさで、赤面した。幼少時の事故で、左腕しか動かせない将は、マスターベーションすらままならない。十八才の今まで、夢精しか経験がない。母はそんな我が子を、いつも侮蔑の混じった目で見ていた。そのため、彼にはこれは母の同情なのかと、そう思えて仕方なかった。いや、事実そうであった。
五
『ミレイ、君はなぜ僕のところに売られてきたの?』
ここ一ヶ月、将は同じ台詞を聞き続け、話し続けてきた。例え、擬似的に自律運動するラブドールでも、同じようなことばかりしゃべり、動いていては飽きが来る。加えて、彼は車椅子での行為である。騎上位しか選べないのだ。他のユーザーに比べて、飽きやすかったであろう。そんな事情から、その日は、短時間で切り上げたのだった。しかし、それでも虚無感はやってきた。使い始めのころこそ、貪るようにミレイで遊んだ。一日に何度も、何度も、何度も、何度も。それまで抑圧されてきた彼の性欲は、すべて彼女にぶつけられた。いや、彼は彼女を一目見たときから、性欲以上のものを彼女に感じていた。
「愛している。」
彼は初めてのとき、行為の前にそう呟いた。彼女の目は、どこを見るともなく、虚ろだったが、真剣にそう感じた。しかし、そんな純粋な感情も、作られた返事しか出来ない人形には届かない。性欲が落ち着いてくると、段々と虚無感が彼を襲うようになってきた。所詮は人形。彼がどんなに彼女を深く愛しても、彼女は偽りの答えしか返さない。
『ミレイ、君はなぜ僕のところに売られてきたの?』
独りごち、彼は介護士を呼んだ。
六
「水谷さん、いつもすみません。」
「いいえ、これも私の仕事ですから。将さんは何も気にしなくていいですよ。」
将は行為が済んだことを、リビングで待つ彼専属の介護士である、水谷徹に電話で伝えた。稲森家は、全室が内線で繋がっている。これは、将がどこにいても、何か不都合があったとき、すぐに連絡できるようにと、彼の母が設置させたものである。もっとも、今では将と徹の専用物になっているが。
「うん、ありがとう。ねえ、水谷さんは好きな人っている?」
「好きな人、ですか?まあ、いるにはいますが。」
「どんな人か、教えてもらってもいいですか?」
「まあ・・・構いませんが。私には手の届かない人です。でも、いつも近くにいて、僕に笑いかけてくれます。」
「へえ・・・。なんか、いいですね。」
「そうですか?手の届かない人ですよ。」
「あ、すみません。でも、僕なんか、好きな人すら作れないですから。好きになられた方も迷惑でしょうし。人形遊びも贅沢なくらいです。」
「贅沢なんかじゃないでしょ。お金があるんだから、気兼ねすることないんじゃないんですか?そのお陰で、他の障害のある方に比べたら、恵まれた生活を送れるんです。悪いことじゃないですよ。」
「そうですか?」
「そうですよ。」
将は他の障害者に比べたら、格段に高い水準で生活している。彼のようにほぼ全身が動かせないような者は、国からの助成金で生活の全てを賄っているケースが多い。そうなると、助成金のほとんどは基本的な生活費に消えてしまい、遊びなどに使う分はかなり限られてしまう。こと、性生活に関しては、かなりの制約を受けざるを得ない。こつこつ貯金し、年に一度だけヘルスに行くのが唯一の楽しみだ、という男性もいる。それでも、快く受け入れてくれる店舗ばかりとは限らない。女性を知らないものも多い。彼のように生活に全く不安がなく、専門の介護士が付き、かつ、自分専用のラブドールを、ましてや、その中でも、今もっとも高価といわれているセクサロイド・ネクストーン社製仮想自律動作ラブドールを持っているものは、一部の金持ちに限られるのだ。
七
「僕、ミレイが好きです。なんていうか、当たり前なんですけど、彼女、嫌な顔しないし、静かに見ててくれるみたいで。」
「そうですか・・・」
「水谷さんは、こういうことって、ないですか?実際にはただの人形かもしれないんですが、自分のところに来たのは偶然じゃなかったんじゃないかって。」
「なくはないですが・・・。そういう考え方は、いつか辛くなりますよ?」
「そうかな?」
「そうですよ。人形と割り切って扱った方が、いつか傷つかなくても済みます。」
「・・・。」
「そういう人たちは健常者の中にも少なからずいますよ。架空の女性にしか興味を持てないというのか・・・。まあ、私の周りにもいますけれどね。しかし、そんな彼らは、いつか淋しい思いをすることが多いようです。彼女たちは作られたものでしかないですから。」
「僕は彼女を失うことのほうが淋しいですよ。」
「いつか、飽きてしまいますよ、作られたものだと。飽きてしまうと、また淋しさが募ってきます。そして、際限なく新しいものを求めるようになります。いつか、一体では満足できなくなるかもしれません。」
「うん・・・。」
将は、自分の中に芽生えつつあった感情をズバリと指摘されたようで、汗顔した。事実、彼は今日、いつもより早めに切り上げていた。最高級ラブドールとは言え、同じような表情や声、動きしかできないのでは、いつか飽きてしまう。仕方のないことだった。
「やっぱり、僕は贅沢ですよ。もっと、本当の女性と愛し合いたい。」
「そうかもしれませんね、前言撤回します。」
「でも、僕には無理でしょうね・・・。」
八
「そう、贅沢ね。」
稲森家のリビングで、水谷徹が将の母、亜季に一週間の報告を終えたところで、彼女が口を開いた。
「自分の体すらまともに動かせず、部屋に引きこもりっぱなしのくせに、女と愛し合いたいだなんて、無茶言うものね。あんな高いお人形さんなんて与えるんじゃなかったかしら?本物の女を求めようとするなんて、見当違いだったようね。」
「仕方ないのでしょう。一番元気な盛りですから。」
「そうね。ねえ、あの人形をもっと人間らしく出来ないかしら?」
「もっと人間らしく、ですか?」
「そう。例えば、もっと人間らしくおしゃべりしたり、おしゃれしたり。そんな人格みたいなのって埋め込めないの?」
「そんな話、聞いたことありません・・・。」
「そうよね。まあ、いいわ。徹さん、今週もありがとう。また来週もお願いしますね。」
「はい。では、失礼します。」
稲森家を出て、水谷徹は亜季の言っていたことを考えていた。あれは、見た目から中身まですべて将好みにカスタマイズされたラブドールだ。そんなものに人格が宿ろうものなら、将はますます人形愛にのめり込むだろう。人間の女なんて、望まなくなるかもしれない。それは、彼にとって良いことなのか?悪いことなのか?そんなことを考えながら、最寄の駅へ向かって歩いていた。そんなことできるわけがない。そう思いながら。
九
日曜日、水谷徹は、仲間達と秋葉原の駅のホームで電車を待っていた。みな、思い思いの紙袋を下げ、ポスターなど挿している風は、半世紀以上も変わらない普遍的な服装である。知らぬものが見れば、それは、もはや伝統的な装束かなにかかと思うだろう。話し方も特徴的で、仲間内では非常に楽しそうで、声高だが、見知らぬ人には必要以上によそよそしい。各人がそれぞれ個性的な趣味を持つサークルとしては、変わらぬ姿を保っている集団の姿であった。徹は、居心地よく彼らと集い、休日を過ごしたところだった。さて、各々目的の買い物を済ませ、夕飯に向かおうというとき、あるものが新宿に寄ろうと提案した。彼には特に目的があったわけではなく、ただの思いつきだったようだが、誰も反対する理由を持たなかったため、山手線のホームに集まっているのである。
「新宿といえば、こんな話、聞いたことあるか?」
「なんだよ?」
「なんでも、歌舞伎町の裏道に、人形に魂を入れ込めるヤツがいるらしぞ。」
「はあ?魂?」
「そうそう。俺のドールの先輩から聞いた話でさ。ま、その先輩はフィギュアが専門なんだけどさ。」
「人形に魂なんか入れてどうするんだ?ていうか、想像で補完。これ常識。」
「人形なんかより、虹に魂入れてほしいな。」
「俺もあんま興味ないんだが、どうも、ダッチワイフなんかに魂入れて遊んでるやつがいるみたいだぞ。金持ちの道楽だろうがな。」
「ふん、金持ちは分かってないな。俺のように本当に虹を愛してると、そんな魂など不要。むしろ、惨事化することすることすら不要。これ常識。」
「ダッチワイフか。」
「ああ。徹んとこの身障者、使ってるんだろ?人柱にどうよ?」
「はは、いいかもな。どうも最近、相当ご執心のようだし。」
「想像力のないやつは哀れだな。これ新常識だな。」
「常識常識ウルセえぞ。」
「お前も語尾にぞっていうのヤメロ。」
「いやあ、面白いな。魂のあるラブドールっていうのも乙かもな。金とかかかるのか?」
「金?相当かかるみたいだな。どうもどっかの研究室からスピンアウトしてきたやつみたいだぞ。」
「どっかってどこだよ?」
「さあな。なんか、自分で言ってて胡散臭い気がしてきた。」
「最初に気づけよ、常識的に考えて。」
「ウルセえ。」
胡散臭さを感じながらも、徹はその人形に魂を入れるというものに興味を引かれていた。新宿だったら勤務先からも近い。徹の直接の雇い主である、稲森亜季に話してみても面白いかもしれない。彼女はなんだかんだで徹を閉じ込めたがっている。今のところ、徹はまだまだ人形遊びに精を出しているようだが、先日は少し飽き気味の様だった。人形に魂が宿れば、また違うかもしれない。
「それにしても、ダッチワイフも今ではラブドール様、か。時代は進歩したものぞ。これで魂宿したら人間の女いらねえな。」
「それは魂なくても同じだろ?俺たちの常識では。」
「はは、違いない。想像力のないやつは哀れだな。」
十
週が明けた月曜日、水谷徹は自宅アパートを出て稲森家に向かった。徹の契約は平日のみで、土日は他のスタッフが対応している。介護士と言えど、彼も人間だ。また、労働内容は体力を必要とするものが多く、更に、彼は自主的に性的介護も請け負っている。週休二日の条件は贅沢だとは思っていない。
「おはようございます。」
「おはよう、徹さん。今週もお願いね。」
「おはよう、徹君。いつもすまないね。」
「おはようございます、源次さん。これも仕事ですし、慣れてますから。」
その日は珍しく稲森源次が部屋から出てきていた。彼は、将の父で、亜季の夫であるが、徹の前どころか、家族の前にすら滅多に姿を現さない。なんでも、若いころ、株で当てたらしく、それ以降、このマンションを買い、働かずに部屋に引きこもって生活しているらしい。その日も、小奇麗な格好の亜季とは対照的に、生地の痛み具合からかなり古いものと知れるジャージのような部屋着で現れた。髪も半年は切っていなさそうだが、髭は今朝剃ったように見える。もともとイベントコンパニオンをしていたという、スタイルもよく、美しい亜季とどうやって知り合って結婚したのか、甚だ疑問だが、人間、分からないものである。元来がオタクである徹と源次は、お互い気が会うのだが、いかんせん、源次が部屋から出てこないので、二人はあまり会話したことはない。
「源次さん、ちょうど良かった。今日はちょっとお話したいことがあったんですよ。亜季さんも大丈夫ですか?」
「私もお二方に同席していいのかしら?」
「大丈夫です。マニアな話じゃないですから。」
「面白くなかったら、僕聞かないよ。」
「亜季さんも源次さんも気に入ると思いますよ。」
「そんな話、この世にあるの?」
徹をリビングに通し、コーヒーを出してから、亜季は期待のかけらも見せず、ソファに腰掛け、足を組んだ。美しい脚線がジーンズの生地越しにまぶしい。とても四十を過ぎた女性とは思えない。それに対して、源次は床にあぐらをかいている。彼も別の意味で四十過ぎには見えない体である。子供がそのまま大きくなったような彼は、顔をこすりながら、コーヒーの香りを確かめている。お互いの快適さを求めた結果なのだろうが、不思議な光景だ。どっちが部屋の主か、分かりかねる。
「どんな話なの?」
「どんなお話なのかしら?」
「はい、先日、友人に聞いたんですが・・・」
徹は先日、友人から聞いた、新宿・歌舞伎町に、人形に魂を入れるという者がいるらしい、ということを簡単に説明した。二人とも興味深かそうだ。
「すごいね。彼は、どこにいるの?」
「少し胡散臭いけれど、興味深いわね。でも、男とは限らないんじゃない?女性かも。」
「そうだね。僕だったら、そんな怖いことできないもん。」
「詳しいことは私にも分かりません。しかし、調べてみてもいいのではないかと思います。」
「私が言ったこと、覚えててくれたのね。」
「ん、亜季ちゃん、徹君に何か言ったの?」
「将のドールのこと。あのお人形さんをもっと人間らしく出来ないかって聞いたのよ。徹さん、ありがとうね。私も知人に当たってみるわ。」
「僕も調べてみるよ。面白そうだ。」
「私も時間があるときに調べてみますよ。さて、将さんのところに行ってきますね。彼にはまだ伏せておいた方が・・・?」
「ええ、そうして。」
「僕も部屋に戻ってドール系とかアングラ系調べてみる。たまには部屋の外に出てみるもんだね。面白そうだ。」
徹は、仕事場である、将のもとに向かった。
十一
徹は一日の仕事を終え、リビングに寄ってみた。その日は特に変わったこともなく過ごせたが、源次が何か魂氏について何か知ることが出来なかったか、聞きたいと思った。しかし、源次はリビングには出てきておらず、亜季はいつものように外出しており、代わりに夕飯の支度がされていた。稲森家が雇っている家政婦・美空百合亜(ミソラ ユリア)の仕事だ。亜季はまったく家事をしないのだ。源次が亜季にそういう主婦らしさを求めないのか、徹が稲森家で働く頃にはすでに百合亜はそこにいた。奔放で浪費家で、かつ、酒豪であり愛煙家であり、ギャンブラーでもある亜季は、おそらく、包丁一本握ったことがないに違いない。
部屋を出ない源次には部屋に直接食事が用意される。ちらと源次の部屋のほうを覗いてみたら、既に中身のない食器が扉の前に置かれていた。まるで室内店屋物である。源次の部屋からは物音一つしない。徹は、亜季のために用意された夕飯を横目に見ながら、静かに稲森家を去った。
それから一週間、徹にとっては代わり映えのしない日々が過ぎていった。源次は相変わらず部屋に篭り、亜季は相変わらず朝しか稲森家におらず、百合亜は姿を見せず、家事全般をこなしていた。徹は、二人に調査の進捗など聞きたいと思ったが、生来、引っ込み思案のため、思い止まっていた。
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