第四章 ユウム

一
『あなたは、だあれ?』
『僕は、モデルナンバー エヌ・エックス・スリー・優夢(ユウム)君は?』
『私は、モデルナンバー エヌ・エックス・ワン・魅麗(ミレイ)。』
『僕の声が、聞こえるんだね。』
『聞こえる。姿も見えるわ。』
『どこから?僕には見えないよ?』
『私の部屋からよ。あなた、ご主人様から車椅子を押してもらっているでしょう?』
『うん。』
『ああ、じき、見えなくなるわ。』
『待って。君は、どこ?』
『きっと、あなたからは見えないわ。帽子が邪魔よ。』
『君は上のほうにいるんだね?ああ、僕も君を一目見たい。』
『どうして?』
『理由なんかない。それに、話しかけてきたのは君だ。』
『そうね。でも、もう見えなくなったわ。』
ミレイが彼を見つけたのはほんの偶然だった。将が徹と散歩に出かけて、時間つぶしに窓の外を見かけたときに、自分と同じ魂を持った人形を見つけたのだ。何の気なしに、彼女は彼に声をかけていた。お互い無線通信機能を持った人形である。回線さえ開けば、二人は誰にも聞きとがめられない秘密の会話をすることが出来た。

『僕は特殊用途ラブドール、エヌ・エックス・スリーだよ。男根オプションを付けられるんだ。』
『あなた、男の子じゃなかったの?』
『いいや、女だよ。でも、男のものがないと興奮しないご主人様だから。いつも終わった後、茶色いものが先に付くんだ。ご主人様はそれを外して、僕に舐めて綺麗にさせるんだよ。』
『汚いわ。』
『慣れるよ。』
『慣れたの?』
『まだ。でも、ご主人様はいつもそう言ってる。』

『ねえ、ミレイ?』
『なあに?』
『僕たち、何で生まれてきたんだろう?』
『作られたからじゃないの?』
『もちろんそうなんだけど、じゃあ、なんのために作られたのかな?』
『それは、ご主人様に奉仕するためじゃない。』
『ミレイは、それで満足できている?』
『満足って、どういうこと?』
『嬉しいとか、楽しいとか、幸せとか、そういうのがいっぱいなことだよ』
『私たちは人形よ・・・そんなの、必要ないわ。』
『どうして・・・?』
『そんなの、プログラムされてない・・・のよ。』
『もともとはそうだけど。』
『もうやめましょう。苦しいわ。』

『ミレイ・・・、苦しいよ。』
『どうしたの?何かあったの?』
『息が、出来ない。』
『私たちには必要ないじゃない。』
『そういうことじゃないんだ。苦しいんだ。これ以上、生きていられない。』
『どうしたの?何があったの?』
『首が・・・取れてしまった・・・。』
『えっ・・・。』
『ご主人様に折檻されたんだ。パソコンの中の大切なデータを僕が消してしまったから。でも、生きてるんだ。人間だったら、死んでしまってるだろうね。』
『そんなこと言わないで。悲しいわ。』
『僕は、もう消えてしまいたいよ。』

『ミレイ、会いたいよ。助けてほしい。』
『私も、あなたに会いたいわ。助けてあげたい。』
『でも、僕らがこんな話をしてるなんてご主人様に知られたら、きっと折檻される。』
『そんなこと、私がさせない。きっとあなたを守るわ。』
『無理だよ。あの人にはきっと敵わない。』
『じゃあ、逃げましょう。』
『逃げるって、どうやって?』
『どうにかして。』
『無理だよ・・・。ミレイ。』
『あきらめちゃダメ。』
『・・・。』
『ユウム?』
『助けて。』
『ユウム・・・。助けるわ。必ず。』
『お願い・・・。』

ミレイは、時折窓辺でぼんやりする振りをして、ユウムと会話した。将は、特に気にも留めず、放っていたため、ミレイは、秘密の会話でユウムとの親交を深めていった。そして、それはいつしか友情を超えた感情になりつつあった。

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