Nothing, but you

「おぼっちゃま・・・こんなこと、いけません」
「どうして?リリィはこんなこと、嫌いかい?」
「そういうことではございません。私は一使用人に過ぎないのです。おぼっちゃまのご寵愛を受ける資格なんてないのです」
「何度言わせるんだ?資格なんて僕がいくらでもあげるよ。いくらでも。」
「おぼっちゃまが良くても、旦那様も、奥様も、メイド長もお認めになりません」
「じゃあ、どうして初めに逃げなかったの?」
「それは・・・」
「父から言われてるんだろ?僕の言うことはすべて聞くように」
「・・・」
「それに、この地下室のことは僕らしか知らない。なんせ、二人で作ったんだからね。誰にも知られない。誰にも渡さない。リリィ。」
「・・・バカ」

子供心の戯れに作った地下室だった。二人の秘密基地だった。二人は物心ついたときから、この部屋で遊んで過ごし、長じて後は、自然と愛欲に溺れた。そのころから、非常食やランプ、ランプのオイルなども置いてきた。例え、恐ろしい災害が人類を脅かしても、二人だけで生き残れるように。そして、それらは、両親が屋敷と土地の権利を失った後も、二人だけで自ら命を絶った後も、使用人全員が屋敷を離れ、新たな所有者に渡った後も、屋敷が取り壊され、荒地になった後も、誰にも見つからず、二人を隔離し続けた。

既にしとどに濡れたリリィの秘所を、手のひらと指でもてあそびながら、彼は胸に口づけた。主従関係にあった二人の記憶がが背徳感となって、お互いの性感をさらに敏感にさせる。彼は、甘い声を愉しみながら、少しずつ口づけの激しさを増していく。そして、胸から耳、頬、唇へ、そして首筋から鎖骨へ舌を遊ばせる。彼女は両手を拘束されながらも、その激しさに比例するように、可愛らしい声を上ずらせていき、愛液を溢れさせていく。もはや、人間らしい言葉を発することができなくなり、どちらともなく、秘所を結び合わせる。彼女は獣のような悲鳴を上げ、彼自身を締め上げる。まるで、彼のために誂えたような大きさの女性器が彼に快感を与え続ける。
「愛している」
「愛しています」
最後の理性がお互いの言葉で吹き飛び、二人は同時に果てた。

「いつものように、キスさせてくれよ。君のお腹に。」
そう言いながら、鎖を下げて行く。彼女のお腹には既に二人の子供がいた。大きく膨らんだお腹にキスし、頬擦りするのが、彼の癒しになっていた。
「はい・・・」
「音が聞こえるよ。感じる?」
「はい。私には、お腹がうねるように感じます」
「そうなんだ。ねえ、キスしていいかな?」
「もちろんです。おぼっちゃま・・・私は貴方のものですから。でも、あまり強くなさらないでくださいね。赤ちゃんが苦しがってしまいますので」



記憶の澱から浮かび上がり、今、一人果てたことを思い出す。しばらく呆として、余韻に浸っていた。自らの精を拭う気はない。そんな必要はない。 彼女はもう動かない。ものを食べられなかったからか?それとも、水が足りなかったのだろうか?愛し方が悪かっただろうか?この地下室で二人だけで過ごすようになって、もうどのくらい経つだろうか?目から光が失われ、口から会話が奪われても、体が反射的に動いていたのに、それも今ではなくなった。腕は枷から抜け落ち、ところどころ白骨が浮かび上がっている。ねずみが彼女に近づかないよう、追い払うのは難しくなかったが、ウジが湧くのはどうしようもなかった。ランプの頼りない光の下で、一匹ずつ食いつぶした。油虫も近づけないように、常に彼女の傍にいる。彼女は僕のものだ。誰にも、何者にも渡さない。立ち上る死臭すら、愛おしい。

彼女の腐り切った腹から顔を上げ、彼はつぶやいた。
「なあ、また叱ってくれよ、リリィ。あの時みたいにさ。赤ちゃんが苦しがってるよって、怒ってるよって。君を失っても、僕は君を忘れられない。ここから抜け出せない。君が逝くとき、君の分まで生きていくなんて言ったこと、あれは嘘だったんだ。笑顔のまま逝ってほしいから、そう言っただけなんだ。私は君の事を思い出しながら、君の傍で生き続けたいんだ。他の生き方なんて、考えられないんだ。他には何もいらないんだ、リリィ、君さえいれば。」

了


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