二着目は流石に着ぐるみというワケではなく、とあるゲームの制服であった。デザインからして、青少年の育成には相応しくない感じのゲームではなかろうか。制服のクセに何故か露出度が高めだからみくるが着たらイメクラだぜげへへとか考えていたわけではない。ええ決して。 「でもゲームやアニメの服ってどうしてこう現実的じゃ無い程ごてごてしてるんだろうねっ。かわいいからいいんだけどさっ」 実際こんなパーツの多い制服を毎朝着ていたら遅刻者続出だろう。幾ら女の子が準備に時間を掛けるといっても物には限度というものがある。 「……」 ごそごそと紙袋からコスチューム一式を取り出す鶴屋さんを尻目に、長門は躊躇いも無く制服を脱ぎ始めた。 腕を通していたカーディガンから腕を抜くと、丁寧に畳んで椅子に掛ける。次にリボン。しゅるりと軽やかな音を立ててリボンが解かれ、カーディガンの上に落とされた。手首、胸当てのスナップボタンを外すと、ゆっくりと手を滑らせ脇のジッパーを引き上げる。開かれた服の隙間から、影の深い鎖骨と滑らかな脇腹が見えた。制服のようなわざとらしい白ではない、まるで名器のような白磁の肌。制服を脱ぐと、カーディガン同様皺を伸ばし、二つに折って椅子に置く。その背中を鶴屋さんはぼうと見ていた。肩甲骨がなだらかな陰影を作って、まるで小さな羽を思わせる背中。スカートのジッパーを下ろしホックに指を掛ける。支えを失ったスカートは、微かに空気の抵抗を受けて広がりながらぱさりと足元に落ちた。 スカートを畳み終え、ゆっくりと長門が振り返った。 彼女と目が合ったことで、漸く自分が今まで彼女のセミストリップに見入っていたことに気が付く。鶴屋さんはあははと笑って誤魔化しながら、取り出したコスチューム一式を長門に手渡した。 「はいこれっ! 着方分かるかなっ。分かんなかったら手伝うよっ?」 「……問題無い」 受け取った衣装を検分もせず、長門は即座に鶴屋さんの申し出を断った。 言葉数の少ない長門にしても素っ気無い返答だった。自分の痴態が見透かされているように感じて、鶴屋さんは思わず赤面した。 長門の顔を見ていられなくて視線を彷徨わせる。話を逸らすように、鶴屋さんは咄嗟に目に付いた話題を口にした。 「しっかし、有希にゃんもちゃんと女の子してるんだねっ」 「?」 「ブラとショーツだよっ。意外って言ったら悪いんだけどさっ、ちゃんと選んでるみたいだから、ちょっと安心したよっ」 長門が着けているのは、軽くフリルのあしらわれた、水色の下着だった。きちんと上下合わせている。休日の学外の活動でも制服で済ませてしまう長門のことだ、下着ももっと素っ気無いのかと思ったら、存外に可愛らしい下着で驚いたのは事実だった。 「……そう」 「誰か見せる人でも居たりしてねっ」 「――そんな人は居ない」 ちょっとした軽口のつもりだったが、長門の意外な程強い否定に、鶴屋さんは言葉を詰まらせた。 「……そんな人は、居ない」 「そ、そう」 念を押すように繰り返して、長門は押し黙った。その長門とは思えぬ語気の強さに、鶴屋さんも口を噤む。長門は下着を隠すように、手早く衣装を身に着けてしまった。 実用性など皆無の巨大なリボンを腰の後ろで止め、裾を整えて長門が振り返った。 「ぅ……ぁ……」 言い様の無い感情に押し潰されて、空気が抜けるように口から溜息が漏れた。 気が付くと太陽は大きく傾いていた。窓から射し込む陽光は電灯の明かりを打ち消す程に赤く、教室に佇む二人へと長く伸びている。その光を背で遮るように、長門は立っていた。自分の足元にまで伸びる濃く深い影。燃え上がる色素の薄い髪。熱を受けて火照ったように揺らめく白い肌。暗がりに沈んだ淡い唇と、その中で光を失うことなく真っ直ぐに自分を射抜く、琥珀の瞳。何処にも焦点を結んでいないような視線はだが、同じ色を持つ宝石が見てきた長い年月のように、深く深く、自分の中を覗き込む。それを怖いとも、恐ろしいとも、そして――美しいとも、想ってしまう。 くんっ。 唐突に手首に掛かった重みに鶴屋さんは我に返った。見ると、何時の間にか取り落としていたらしいデジカメがストラップの先で揺れている。ゆっくりとそれを取り上げて、鶴屋さんは長門に構えて見せた。 「ねっ有希にゃんっ、ホントに写真撮っちゃダメかなっ?」 「…………」 「これは私の個人用だからさっ」 撮れなくてもいいと思った。きっと自分の腕では、今の感情を思い返せるような写真を撮ることなど、出来はしないだろうから。それでも聞かずにはいられなかったのだ――今を永遠に切り取ってしまえるなら、それが写真だろうが動画だろうが絵画だろうが、喩え悪魔との契約だろうが、構わないとさえ思う程に。長門は暫く逡巡して、やがて小さく頷いた。 「……誰にも見せないなら」 「約束するよっ」 長門に言われなくとも、誰かに見せようなどとは思わなかった。液晶の画面越しに彼女の姿を捕らえる。扇情的な衣装を纏いながら無表情に立つその姿は、何処か人形を思わせた。ビスクドール? 蝋人形? それとも――ガラスケースの中の、主人を待つラブドールのような―― とくん。心臓よりも遠い場所で、ある筈の無い鼓動の高鳴りを聞いた。