鶴屋さんの危ない放課後 - 2

 しかし。
「待ってるって言っても……暇だねっ」
 アクティブな鶴屋さんがじっと待っていられる時間は短かった。ぶっちゃけて言えばカップラーメンも作れない程に短かった。キョンが居れば見事な突っ込みを見せてくれそうだったが、生憎当のキョンは人には言えない事情で不在である。そもそも居たらこんな退屈しない訳ではあるが。
「有希にゃーん。暇だよー」
 机の上で頭をごろごろさせながら間延びした声で訴える鶴屋さん。長門はゆっくりと顔を上げると、呆れているのか、はたまた読書を邪魔されて非難しているのかよく分からない冷めた瞳で鶴屋さんを見つめた。常よりも2℃程温度の低そうなその視線にうっと鶴屋さんは言葉を詰まらせ、
「だって暇なものは暇なんだよっ」
 と、子供のようなだだをこねる。
「ねーねー有希にゃんっ何か面白いことないかいっ」
 長門は小さく首を傾げていたが、暫くすると読んでいた本を閉じて立ち上がった。本棚に近寄ると、その内の一冊を取り出す。
「……はい」
「な、何かなっ」
「SF小説」
 長門が差し出したその本らしきものを、鶴屋さんは顔を引き攣らせながら受け取った。外観から、どうやら本だとは分かる。表紙の宇宙戦艦と珍妙なタイトルで、SF小説だという長門の言葉にも頷ける。……ただ一つ、人を撲殺出来そうな厚みと質量を除けば。
 ……これが……本? 鈍器の間違いじゃないかな……?
「お、面白いのかなっ?」
「ユニーク」
「そ、そう……」
 すたすたと長門はいつもの定位置に戻ると、再び読書に戻った。因みに本を閉じるとき栞を挟んだりはしていなかったと思うのだが、一発で元のページを開いたことは突っ込まない方がいいのだろう。うん。
 しかし、改めて見るに分厚かった。さり気無く後ろのページを開いてみると、そもそもページ番号が3ケタですらなかった。思わずどんだけーとゆいたくなる。確かにこれを読もうと思ったら1時間なんて短いものだろう。とゆうか1年掛かっても読み終えられる気がしない。
 流石に全く読まないのは気が引けるので、何とか踏ん張って1ページ目を開く。……しかし次のページを捲ることなく鶴屋さんは本を閉じた。そのままずるずると脇に寄せて机に突っ伏す。長門には悪いが、こんな本を読んで時間を潰せる程気の長い性格をしていない。
「……悪いけど有希にゃん、私にはこれは重過ぎるっさ……」
「…………そう」
 呟いた長門は何処となく残念そうだった。これを機にSF愛好者を増やそうとか、そんな算段だったのだろうか。……有希にゃん、そりゃ人選を間違ってるにょろよ……。
 だがこれで暇暇モードに逆戻りである。暇なら帰ればいいではないかとも思うが、今更それは何か負けた気がして悔しい。かといって相手をしてくれそうなのは長門しか居ない訳だが、話し相手にするには長門は口数が少ない過ぎる。はぁと嘆息して、鶴屋さんは机に伸びた。
 しかし本当に喋らない子である。鶴屋さんはぼけらーっと長門の横顔を見つめた。一体普段どんなことを考えているのやら。案外お気に入りのキャラのカップリングとか考えてるんじゃなかろーか。BLの嫌いな女の子なんて存在しないと何処かの偉い人も言ってたし。……自分はどうだろうか? 例えばキョンくんと古泉くんとか? ……なる程、悪くない。とはいえ、湖面のように凪いだ瞳で文章を追う長門からは、そんな邪な妄想をしている姿を想像するのは難しかったが。
 鶴屋さんの視線を気にした様子も無く、長門は静かにページを捲った。その仕草に、鶴屋さんはほうと溜息を吐く。綺麗な子だ――以前からそう思ってはいたが、こんなにじっくり見つめたことなどなかったから、今更はっきりとそれを実感する。人形みたいに動かない子だとは思ったが、その横顔も西洋人形かと思う程整っている。透明な瞳。長いまつげ。白い肌。薄い唇。ややクセはあるが艶のある髪。こんな子にコスプレさせたらそりゃ楽しいだろう。胸は少々薄めだが、逆にゴスロリ系なんか似合うんじゃなかろうか。
 ……………………脳裏に電撃が走った。
「そうだよっ! それさっ!!」
 突然奇声を上げてが鶴屋さんは勢いよく立ち上がった。派手な音を立てて椅子が引っ繰り返るが、気にも留めず腕を振り上げる。そうだよっ、有希にゃんにコスプレをさせて暇を潰せばいいんだよっ! 我、天意を得たりっ!!
 突然の騒音に流石の長門も本から目を上げてその様子を見つめた。その視線は若干呆れ気味だったが、鶴屋さんは気付いた様子も無い。今日の鶴屋さんは今一つ周りが見えてなかった。
 ……しかし。
「どう誘えばOKしてもらえるっかねっ」
 そう。問題は、どうやってあの長門にコスプレをさせるかということである。みくるがひんむかれているときですら我関せずを決め込んでいる長門のことだ、コスプレに対する興味など皆無だろう。普通に考えて速攻で断られるのがオチではなかろうか。さて、如何にして懐柔したものか……。秘蔵のキョン生写真とか生下着で手を打てないだろうか? いやでもそんなの有希にゃんなら簡単に手に入れてしまいそうだしねぇ……。これは中々手強いねっ。
「ねーねー有希にゃんっ」
 とりあえず猫撫で声で擦り寄ってみた。
「有希にゃんはコスプレとかに興味はないかなっ!」
「……何故」
「やっ、みくる用にと持ってきた衣装があるんだけどねっ折角だから着てみないかなって思ってさっ」
 どうかな?と聞きながらも、鶴屋さんの声には既に諦めムードが漂っていた。だが彼女は随分長い逡巡の後、
「…………構わない」
「あ、やっぱりかいっ? でも楽しいとおもうよっコスプレっ」
「……だから構わない」
「……………………へっ?」
「……?」
「ほ、本当に?」
 若干錯乱気味の鶴屋さんの問いに、長門は小さな首肯で答えた。信じられない。鶴屋さんは暫く長門の顔をぽかんと眺めた。こういうのを棚からぼた餅というのだろうか? 何か違う気もするが。
 しかし同意を得たということはもー何をしてもおっけーとゆーお墨付きを得たとゆーことではないか。頭の隅の冷静な部分がそれは違うだろと突っ込んでいるが、そんな声は当然のように無視する。これで有希にゃんをコスプレ趣味に染め上げてしまえば楽しみは倍増、ウッハウハでありますよ隊長! このチャンスを生かせないよーでは鶴屋の名が廃る!
「そっか! 有希にゃん話がわかるねっ! そうこなくっちゃ!」
 完全に浮かれた様子で鶴屋さんはばんばんと長門の肩を叩いた。そこはかとなく迷惑そうな長門を尻目に、スキップしながら席に戻る。さて何を着せようか? とはいえ今日持ってきた衣装は2着しかないので、悩む程選択肢は無いのだが。部室に置かれている衣装を着せてもいいが、2着も着せ替えすれば時間は十分だろう。何より、折角持ってきた衣装を早く着せて見てみたい。
「じゃぁじゃぁ、まずはこれねっ!」
 そう言って、鶴屋さんは紙袋から一つ目の衣装を取り出し、長門に手渡した。

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