時折傘を忘れたのだろう、鞄を掲げて走っていく生徒が坂を駆け下りてくる。もしかして士郎ではないかと注意深く見ていたが、結局士郎どころか知り合いとすれ違うこともなく学園に着いてしまった。
「さて、シロウは一体何をしているのでしょうね?」
 慣れた所作で校門をくぐり校舎の正面玄関へ回る。下駄箱前の屋根の下で雨宿りする生徒の中にも士郎の姿は無い。随分のんびり来たつもりだったが、この時間になってもまだ下校していないということは――
「また人助けに奔走しているのでしょう」
 アルトリアは諦めたような嘆息を吐いた。どうせそんなことだろうと殊更ゆっくり来たが、これではまだ暫く待たされそうだ。
「まぁ、のんびり待ちましょう」
 畳んだ傘の雫を払って、嘗て聖剣でもってそうしたように地に立てて手を掛ける。こうして緩やかな雨を眺めていると、また懐かしい光景が脳裏に浮かんでくる。霧に煙る、遠い故郷の町並み。その誘惑に抗おうともせず、アルトリアは眼を閉じた。
「――何やってんのよ、リア」
「――何やっているのよ、アルトリア」
 聴き慣れた声。後ろからの呼び掛けに、アルトリアは瞼を開けて振り返った。そこには想像通りの顔が2つ、同じような所作でアルトリアの顔を覗き込んでいる。軽く苦笑しながら、アルトリアも二人の名を呼ぶ。もう随分呼びなれた名前。
「リン、イリヤスフィール」
「士郎でも迎えに来たの?」
「はい。……それで、シロウは」
 凛の問い掛けに肯いて、アルトリアは二人だけで出て来た凛とイリヤに問い返した。いつもなら士郎も二人と一緒に――何せ同じクラスだ――下校して来るのに。すると凛は忌々しげに顔を顰め、
「ああ、士郎なら柳洞君と一緒よ」
「シロウったら、また備品の修理だって!」
 今日は一緒に帰るって約束したのに! 口を開いた凛を遮って、イリヤが声を荒げた。もう凛と変わらない程に背が伸びても、子供のような仕草は以前と変わらないまま。毒気を抜かれたように凛は肩を竦める。アルトリアは矢張りかと嘆息した。
「全く、シロウは……。人の為に何かをしようというその姿勢は良いのですが、少しは我が身を顧みて欲しいものです」
「シロウは人の頼み事をほいほい引き受け過ぎなのよ。イッセイももう生徒会長じゃないんだから、備品のことなんて放っておけばいいにっ」
 それぞれの仕草で士郎への文句を口にする二人。二人して姉と言うよりは出来の悪い兄を心配する妹のようで、凛は笑いを噛み殺した。
「そんな訳で、士郎は少し遅くなるわ。私達は先に晩ご飯の買い出し」
 そう凛は当り前のように説明する。当然のように衛宮家に食事を集りにくる凛も凛だが、当然のようにその凛に家の買い出しを頼む士郎もどうなのか。まぁ今更ですが、などとアルトリアは嘆息する。
「それじゃ、私達は先に行くわね」
 今日は鍋だから。そう言い残し、まだ不機嫌気なイリヤを引き摺って凛が去っていくのを、アルトリアは手を振って送り出した。

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